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2009年2月

対価と賃金

七十年代、私が高校生の頃、下宿近くの町工場でアルバイトをしたことがある。従業員十名足らずの古びた小さな町工場だった。作っていたのは確かアルミ製のベビーカーだったと記憶している。私の仕事は3センチほどのアルミの丸棒にネジ穴を開ける仕事だった。昼の1時から6時までの5時間、黙々とボール盤に向かって穴を開けていた。電動ドリルを扱うのだから危険といえば危険だが、少し慣れれば誰にでもできる内容である。 経営者夫婦はいたって気の善い世話好きな夫婦で、そのような町工場だから従業員も家族同様、人柄の優しいまじめそうな人たちばかりだった。

6時になるとベルが鳴り、引き続き残業する数名にはチキンラーメンが出される。私と、もう一人の友人、経営者夫婦も残業組に交じってチキンラーメンを食べた。そのうちに、私たちは兄と弟のように仲良くなって、終業時になると近くの食堂へ夕食を食べに行くのだった。
給料日、その日がアルバイト最後の日になり、残業後私たちはいつものようにいつものメンバーで夕食を食べに出かけた。「休みになったらまた来いよ。」と彼らは言った。3名の内の一人が「で、いくらもらった?」と聞いてきた。

その時初めて賃金のことが話題に上ったように思う。私たちは給料袋を開け明細書を彼らに見せた。すると彼らは一様に声を上げ、信じられないというような顔になった。少なくて声を上げたのではなく、彼らは自分たちの給料と比較してみて多過ぎるのでびっくりしたのである。私たちのような臨時雇いが正従業員より、賃金が多いはずがない。しかし私たちも彼らがもらっている賃金を聞いてその少なさに驚いた。確かにバイトの私たちより3分の1は安い。びっくりするはずだとその時は思った。 「なんでお前らの方が俺たちより賃金がええんかのぉ」と情けなそうな声で3人の内の一人が言った。少し気まずい雰囲気だった。それでも、その場はにこやかに別れ、それ以来、人の善い彼らと再会することはなかった。

私は次の休みも違うアルバイトに就くことが出来た。しかし、私たちの時給の方が正従業員の彼らの給料よりなぜ多かったのかという疑問は残されたままだった。

今思うと、要するにこういうことではなかろうか。つまり、彼らの給料からは保険、年金、退職金等の一部が天引きされていたのではないかと。いずれにしろよくわからないことだが、まともな考えの経営者なら、厚生年金、労災保険、健康保険、雇用保険には加入していたはずだ。彼らはこのような制度について、よく識らなかったのではなかろうか。そして、それらの制度には自己負担分がついて回り、現在よく言われている(同一価値労働同一賃金)という制度を採用すれば、彼らの給料は、何の保証もない私たちバイトの時給より少なくなってしまう。

今おきている雇用問題は、派遣などの非正規労働者と正規労働者の賃金体系を同一にせよ、ということに偏りがちだが、根本をたどれば非正規労働者に失業保険、健康保険などのセフティーネットがなかったことによる弊害のほうが大きい。仮に失業保険に派遣会社、企業のいずれかが加入していれば、(年越し派遣村)のような社会現象は起こらなかった。ところが、現在の法律では就労期間が一年以上に満たなければ失業保険は下りない。労働人口の三分の一を占める非正規労働者の六割が失業保険、健康保険の非対象者である。
国は失業保険の見直しを検討しているが、日雇い派遣には派遣会社が、契約派遣には企業が、期間に応じたそれ相応の失業保険制度を採り入れるべきである。それができなければ、派遣労働という労働形態は倫理的に成り立たない。容赦なき(首切り)が繰り返されるだけだ。

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実体経済と仮想経済

平成二十年は、エネルギー危機、金融危機、雇用危機の三重苦で終わった。この三つの危機の因果関係を、グローバル化した資本主義システムの崩壊という言葉で言い切る人もいる。また、経済を実体経済と仮想金融経済に分け、一方ではものづくり、また一方では金融工学の駆使などと住み分けているうちに、世界経済という肥大化した風船は、自ら萎みはじめたとする人もいる。では、その実体経済と仮想金融経済の接点はどこにあるのか?

木星は太陽系最大の惑星で、ほとんどが水素やヘリウムから出来ている。投機マネーが跳梁する仮想金融経済もこのガス惑星のようなものであり、遠くからは見えるが、中に入るともやもやとしたものに見えるだけだ。もちろん手でつかむことも出来ない。では中心に核になるものがないのかというと、ガスが固まってできた液体金属が存在するという。この液体金属を経済の(実体)と考えるとわかりやすい。ガスが総て消えれば、中心の金属が姿を現すだろう。しかしまた、ガスが消えれば金属であるはずの(実体)まで消えてしまうかもしれないのだ。

経済はヒト、モノ、カネが市場、情報を通じて流動する生き物であるとよく言われる。ヒトがモノやカネを動かすことで雇用が生まれ、私たちの生活もその上に成り立っている。しかし、カネは雇用や消費と関わりなく、自己増殖することのできるガス体のような性質を持つ。一方モノは地球上の限られた資源から造られる(実体)であり、ヒトによる生産,消費と一対のものだ。この二者のつながりを、市場は無視し続けたのではないか。あたかもモノづくり部門と金融部門の間に、空気さえかよわない仕切りがあるかのように・・・・。そのうちに、金融部門だけがグローバル化とIT技術の波に乗って肥大化し、ものづくり部門は片隅に追いやられた、というのがアメリカ型資本主義の図式なのだと経済学者は言う。

ものづくり部門では健全な形で雇用が成り立つが、金融部門では株式、債券、投機ファンド、あるいは金融工学と呼ばれるマネー中心の装置が働くばかりで実需を生まない。むしろ、実需すらバーチャルなマネーで吊り上げてきたのである。それがエネルギー危機、食料危機となって現れた。実体経済、金融経済の目的とするところは、共に市場を通じて利益を生むことにある。だが、カネがカネを生むのであれば、物を交換するような面倒くさいことはせずとも、金融商品をばら撒いて利益を生めばよいと考えた。ものづくりで得たカネも、マネーゲームで得たカネもカネはカネだ、という論理で仮想金融市場は膨らみ続けたのである。
ところで、 昨年の今ごろの新聞の切り抜きを読んでいると、一年後、このような経済危機に、世界中が直面するというようなシナリオは描かれていない。

「原油100ドルを突破 08年1月5日。」「物価上昇続く中国、08年1月8日。」「シャープ来年に欧州工場、生産能力10倍に、08年3月28日。」「日本海、ロシアに活路、浜田港、中古車輸出に沸く、08年3月31日。」

一部の人々にとって、確かに景気の良い話題と言えるこれらの内容は、一年経った今、ガラリと変わった。原油はさらに上昇を続け昨年7月11日には1バレル147ドルにまで高騰したが、年末には30ドル台に急落。現在も35ドル前後で推移している。オイルマネーに沸いた中東ドバイの超高層ビルも建設を中止した。シャープは1500人の人員削減と300億円の減益を発表した。つづいて 日産は10月までに2万人の人員削減と1800億円の営業赤字を発表。(09年2月8日)

中東と同じく、石油、天然ガスの高騰でロシアの経済は急速に回復。ドルに代わりルーブルを機軸通貨に 、というような発言が昨年プーチン首相の口からこぼれた。だが今は、アメリカ同様に自国の自動車産業の破綻を防ぐため、新車、中古車を問わず関税を引き上げ、
保護貿易主義に走り始めている。奢れる国、ロシアもたった半年の間に沈黙した。

一方、中国はというとさらに極端である。8月のオリンピックまで物価の上昇が続き、カネの価値は下がり続け、人々は株式や債券などの投機に走り始めた。オリンピック特需は世界中の籠をかき回すほどのインパクトを与え、資源エネルギー、およびバイオエタノールの増産による深刻な食料危機をもたらした。2億人にも膨れ上がった農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者の姿はいまはない。彼らはまた痩せた農地へと戻ったのであろうか?。
むろんアメリカは火事の火もとであるだけに損傷は激しい。オバマ大統領は71兆円の緊急財政出動を先日、発表した。だが、もともとだぶついた金融経済にマネーを注入入するのは火に火を載せるようなことであり、ドル安をさらに加速させ、機軸通貨としての役割を喪失すれば、その時こそ世界経済はほんとうに終焉を迎える、という識者もいる。

仮想金融経済という火星のガスは消え始め、核にある液体金属まで蒸発を始めたようだ。

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